「趣味:人間観察」という設定

どうとでも転がせる設定である。「人間観察」には、人間(人間一般、あるいは他人)に対する距離感と、人間に対する興味関心、そして未練が同時に表現されているように思える。一つの人物の中で両者の関係をいかにして行動に反映させるか、もっと単純に、どちらに力点を置くか、あるいはどちらを裏(本心)にするかによって、得られるキャラ像は全然違う。そもそも「趣味」を問われて「人間観察」と答えてしまう、答えてしまえるキャラってどうなの、とも思える──それは素なのか、あるいは、なんらかの強がり、または冷静さ、厭世観のアピールなのか。また、実際に「人間観察」をやらせるとして、観察対象と目が合ってしまったとき、そのキャラはにっこり会釈できるのか、すかさず目を逸らしてしまうのか──前者なら、かなり自身を持って「趣味:人間観察」と言ってのけるかもしれない。等々、妄想はどこまでも膨らむ。
なお、これはしばしば直感されることだが、自己紹介やらの場面で実際に趣味を問われて「人間観察」と答えてしまう人の少なくない部分は、たぶん「人間観察」と言ってみたかっただけだと思う。クールさと視点の鋭さと好奇心の高さを手軽にアピールできそう、みたいな計算がはたらいているのかもしれない。そんな計算に必死な様も含めて、「趣味:人間観察」と言ってみたかっただけのキャラを造形できればそれは画期的に生々しく、かつ愛おしく感じられるはずだ。一方、ただ言ってみたかったのがキャラでなくその作り手である場合は、普通に萎える。昨今のクールキャラに私が萌えられない理由は案外そこらへんにもあるのかもしれない。

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このページは、takahashiが2006年10月26日に書いたブログ記事です。

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